プロローグ

「わー、綺麗にして頂いてありがとうございます!」
塩ビシート床面の油汚れを、せっせと落としていたのはこの学園の清掃責任者 田口幹雄だった。

「いえいえ、とんでもございません」
薄毛の不男が振りむきながら愛想笑いを浮かべると、そこには白衣を纏ったウラ若き女性の凛とした眼差しがあった。 大学生くらいの年齢になると、果たして職員なのか生徒なのか一瞥で判断しかねるところもある。確か総務課の依頼だと今春この部屋に入る院生だったよな。そんな詮索を鈍くなった頭で実行していると背後から覗き込むように甘い香りが寄り添ってくる。

「落ちそうですか?」
男はスプレーボトルを左手にかざして「お任せください」と体裁を整えた。 城田莉奈 は本学美容総合学課の大学院生でこの春から研究室を与えられた優等生だ。学園の離れのような古びた号館の3階一番奥の部屋に位置する。左隣はも ともとパソコンをずらりと並べた演習室だったが、今では機材一式撤去された空き部屋となっている。

「ありがとうございます!助かります。今お茶でもお入れしますね」
遠慮知らずの清掃員は勧められるままソファーに腰をおろした。

「先生、そう言えばどこかでお見かけしたような‥SNSかどこかの宣伝で白衣着て」

「あ、あれ解っちゃいます?商材のモデルやってて色んなとこで使われてるみたいです。て言うか私先生じゃありませんから、JDですから」

一瞬DJかと勘違いしかけたが、すかさず女子大生のJDだと眼鏡の奥で濁った眼をグルリと回した。 田口幹雄は自称その昔一世を風靡したカメラマンと言うキャリアの持ち主である。とは言っても精々コンビニに並ぶ男性誌の端っこを飾ったことのある程度のグラビア専門の三流だった。水を得た魚のように昔話を展開しはじめた清掃員に、莉奈は嫌な顔ひとつせずコーヒー片手にはにかんで見せた。

「あ これどうぞ」
幹雄は一瞬伸ばしかけた手を引っ込めた。差し出された名刺にメンズエステの文字が並べられていたからだ。

「ヤダー ちゃんとしたやつですよそれ、変な事考えたでしょー」

「いやいや風俗的な事とか一切思ってないですから」

「もー 誤解ですって、今度やってあげますから、もうすぐエステのベットここに入りますし是非いらしてください」

美容総合学科では歴としたエステシシャンのコースもあり、その技術を生かしたアルバイトをしていたと言う事だった。 意気揚々と清掃控え室に戻った幹雄は早速名刺のQRコードにスマホをかざしエステ店の動画に眼をこらせた。自分の持ち場から持ち帰った雑巾類を洗う為、屋外の洗濯機に向うパート達の怪訝な眼差しに

「お前たちがあと50歳若ければここもハーレムなんやけどな」
と命がけのジョークを飛ばして見せる。 動画は紙パンツを履いた中年太りが横たわり、その上から圧し掛かった女の子がオイルを手に取り太腿から徐々に擦りあがり、更にはパンツの裾から手を擦り込ませる驚愕のギリギリ動画であった。中年太りは鼻息荒く、時折ビクンと反応する度にお腹をプルンと揺らせていた。こいつは中々の悶絶物だ。

先ほどちゃっかりと交換したLINEに動画の感想と共に報酬を渡すので是非撮影をさせてほしいとダメもとで送ってみる。「ピコン」とアイコンにバッジが打たれ「顔ばれ困りますが…アイマスクつけても良いなら全然大丈夫です」とリプライされた。思わず満面の笑みで立ち上がったところへ戻って来たパートのマダム達と息をのむ睨み合いになる。

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